相続放棄の知識集

相続放棄とは

相続放棄とは、文字通り「相続することを放棄する」手続きのことです。
相続放棄を理解するためには、前提として「相続」とは何かを理解する必要があります。

相続が生じると、預貯金や不動産などのプラスの財産のみではなく、借金や滞納金などのマイナスの財産も、相続人に自動的に引き継がれることになります。
つまり、自分が全く知らない借金や滞納金であったとしても、相続人であれば、法律上、自動的に支払い義務を負わされてしまうということです。

しかし、たとえ親族が残したものであったとしても、自分の借金や滞納金でないものを、法律上、問答無用で背負わされるというのでは、あまりにも理不尽です。
そこで、自分は相続に一切関わりたくないという方のために、「相続放棄」という制度が用意されることになったのです。

相続放棄をすると、相続に一切関わる必要がなくなり、その結果として、借金や滞納金などのマイナスの財産についても引き継がずに済むことになります。

相続放棄のデメリット

相続放棄には、「相続に一切関わらなくて済む」というメリットがある反面、下記のようなデメリットも存在します。

1.プラスの財産を引き継ぐことができなくなる

相続放棄をすると、借金や滞納金などのマイナスの財産だけでなく、不動産や預貯金などのプラスの財産も引き継げなくなります。
また、相続放棄が完了すると、後から撤回することはできないため、例えば、相続放棄が完了した後に莫大な財産が見つかったとしても、その財産を引き継ぐことはできません。

2.他の相続人に相続がまわっていく

相続放棄をすると、相続に関する一切の権利義務は他の相続人へまわっていきます。
誰も相続に関わりたくないのであれば、第一順位から第三順位までの全ての相続人が相続放棄をする必要があります。

相続の順位

第一順位・・・亡くなられた方の配偶者※1亡くなられた方の子※2 第二順位・・・亡くなられた方の直系尊属(父母 及び 祖父母)第三順位・・・亡くなられた方の兄弟姉妹※3

※1
「被相続人の子」で既に亡くなっている方がいる場合、その方の子(つまり、「被相続人の孫」)に相続がまわります。

※2
「被相続人の兄弟姉妹」で既に亡くなっている方がいる場合、その方の子(つまり、「被相続人の甥姪」)に相続がまわります。

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相続放棄の却下率

家庭裁判所は、下記の2つの条件さえ守れば、必ず、相続放棄を認めてくれます。

1.相続財産の処分をしないこと
2.死亡を知った日から3ヶ月以内に申請すること
(後順位相続人の場合は、先順位相続人の相続放棄を知った日から3ヶ月以内に申請すること)

また、「1.相続財産の処分をしないこと」の条件については、処分したか否かは自己申告であり、裁判所が独自に調査するわけではありません。

このように、相続放棄は、2つの条件さえ守れば必ず認めてもらえる手続きであるにも関わらず、インターネット上には、不安をあおるような情報があまりにも多すぎます。

そのため、「不安になる→不安だからネットで情報を調べる→更に不安になる」との悪循環に陥っている方が多いように思います。

そこで、参考のために、最高裁判所が公表している相続放棄の却下率を記載します。
下記の通り、相続放棄が却下されるのは極めて稀であるということを知っていれば、不安をあおる情報に惑わされづらくなると思います。

【司法統計による相続放棄の却下率】
令和4年:0.15% 令和3年:0.14% 令和2年:0.18%
※司法統計とは、日本全国の裁判を最高裁判所事務総局が集計し、公表している統計です。
※令和5年の統計は、まだ公表されていません。(翌年秋頃に公表されます。) 

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相続放棄の誤解一覧

当事務所では、日々、多数のお客様からご相談を頂いております。その中で、よく見受けられる誤解を以下に列挙します。

私が相続放棄をすると、私の子に相続がまわるのですか?

いいえ。相続放棄をした方の子に、相続がまわることはありません。

亡くなられた方の「子」が既に亡くなっている場合は、その「子」の子に相続がまわります。一方で、亡くなられた方の「子」がご存命で相続放棄をした場合は、その「子」の子に相続がまわることはありません。まとめると下記の通りです。

・「親」が死亡→「子」が既に死亡→「孫」に相続がまわる
・「親」が死亡→「子」が相続放棄→「孫」には相続がまわらない

相続放棄は、「死亡日」から3ヶ月以内に申請する必要があるのですか?

いいえ。相続放棄の申請期限は、「死亡日」からではなく、「死亡を知った日」から3ヶ月以内です。

従って、例えば、「死亡日」は4月1日でも、疎遠であったため死亡の連絡を受けておらず、「死亡を知った日」は7月15日だった場合、相続放棄の申請期限は10月15日です。

なお、後順位相続人の申請期限は、「死亡を知った日」からではなく、「先順位相続人の相続放棄手続きが完了したことを知った日」から3ヶ月以内です。

相続放棄は、3ヶ月以内に全ての手続きを「完了」させる必要があるのですか?

いいえ。相続放棄は、3ヶ月以内に「申請」する必要があります。「申請」さえ3ヶ月以内にすれば、全ての手続きが「完了」するのは3ヶ月を過ぎてからでも大丈夫です。

相続放棄をするためには、必ず相続財産の調査をしなければならないのですか?

いいえ。相続放棄の申請をする際、「相続財産の概略」を家庭裁判所に申告することになりますが、あくまでも「概略」なので、わかっている範囲で申告すれば大丈夫です。

従って、必ずしも相続財産の調査をする必要はありません。そして、相続放棄をすれば、現時点で判明しているものも、判明していないものも、資産も負債も、亡くなられた方が遺したものは全て放棄することになります。

ネット上で「相続財産の処分をすると相続放棄ができなくなる」との情報を見ましたが、相続財産の処分をしたか否かを、家庭裁判所の調査官が確認しに来るのですか?

いいえ。相続財産の処分をしたか否かは自己申告であり、家庭裁判所の調査官が確認しに来るわけではありません。

遺品を確認しましたが、負債の存在を示す請求書や督促状は見つかりませんでした。この状況であれば、相続放棄をしなくて良いのでしょうか?

遺品に負債の存在を示すものがなくとも、隠れた負債が存在する可能性はあります。そして、現在の日本の制度で負債の有無を完全に調査するのは不可能です。

相続放棄をするか否かの考え方は、保険と類似している面があります。
例えば、ガン保険に加入する場合、「絶対にガンになる」と確信を持って加入するのではなく、「ガンになる可能性がある」と考えて加入すると思います。

それと同様に、「負債が明確にある」場合だけではなく、「負債がある可能性がある」場合にも相続放棄は有効な手段です。

私は、他家に嫁いで名字が変わっているので、実父母の相続人とはならないのですか?

いいえ。他家に嫁いで名字が変わっても、お父様やお母様の子であることに変わりはありません。従って、お父様やお母様の相続人となります。

幼少期に両親が離婚し、私は母についたので、父と全く交流がありません。その場合、私は父の相続人とはならないのですか?

いいえ。全く交流がなかったとしても、お父様の子であることに変わりはありません。従って、お父様の相続人となります。

明確な理由がないと相続放棄をすることができないのですか?

いいえ。確かに、多くの方は「負債が多いため」等の理由で相続放棄をなさります。

しかし、何か理由がなければ、相続放棄ができないというわけではありません。単に「相続に関わりたくない」というだけでも相続放棄をすることができます。

相続放棄をすると遺族年金や未支給年金を受け取れなくなるのですか?

いいえ。相続と年金は全くの別物です。従って、相続放棄をしても、遺族年金や未支給年金を受け取ることができます。

相続放棄をすると死亡保険金を受け取れなくなるのですか?

いいえ。相続と生命保険は原則として別物です。従って、相続放棄をしても、死亡保険金を受け取ることができます。

ただし、死亡保険金の受取人として、「亡くなられた方ご自身」が指定されている場合は、相続放棄をすると死亡保険金を受け取ることができなくなります。

故人の借金が見つかったので債権者に連絡したところ、相続放棄をするように促されました。お金を取り立てたいはずの債権者が相続放棄をするように促すのは、何か裏があるのでしょうか?

債権者としては、わざわざ相続人から取り立てるよりも、「損金」として処理してしまった方が楽という事情があるようです。

ただ、いくら「損金」扱いしたくとも、相続人全員が相続放棄をしないと「損金」として計上できないという会計上の問題があって、相続放棄をするように促してくることが多いというのが実態のようです。

突然、見ず知らずの債権者から故人の借金に関する通知が届きました。債権者が私の住所等を勝手に調べるのは違法なのではないですか?

いいえ。現在の日本の法律では、債権者が相続人に対して請求するために、戸籍等を取得して調査することが認められています。

そして、亡くなられた方の戸籍等をたどって調査すれば、簡単に相続人の住所等を調べることができます。

債権者に対しては、相続放棄することを隠しておいた方が良いのですか?

いいえ。相続放棄は法律で認められた正当な権利です。従って、相続放棄をする旨を隠す必要はありません。

また、相続放棄をする旨を債権者に伝えたからといって、相続放棄の手続きを妨害されることはありません。 

相続放棄をした後、負債返済を免除してもらうために、債権者と交渉する必要があるのですか?

いいえ。相続放棄をすると、相続人でなくなります。そして、相続人でなければ、当然、亡くなられた方の負債を返済する義務もありません。

つまり、「相続放棄をする→相続人でなくなる→返済義務もなくなる」のであって、債権者と交渉して負債返済を免除してもらうのではありません。

現時点で発覚していない借金については、相続放棄をすることができないのですか?

いいえ。相続放棄とは、一つ一つの借金を放棄する手続きではなく、亡くなられた方が遺したものを全て放棄する手続きです。

従って、現時点で発覚していない借金も含めて、全て放棄することができます。

私は故人の借金について保証人になっています。その場合でも、相続放棄をすることによって、借金の返済義務を免れることができますか?

できません。亡くなられた方の借金について、貴方ご自身が保証人になっている場合は、相続放棄をしても、その借金の返済義務を免れることができません。

他の相続人が全てを相続する旨(私は何も相続しない旨)を明記した遺産分割協議書に署名捺印すれば、私は何も引き継がなくて済みますか?

いいえ。遺産分割協議は相続人内の話し合いだけで完了する、いわば「私的な手続き」です。
そのため、遺産分割協議書に負債も含めて何も相続しないと明記しても、負債の債権者に対しては効力がありません。

一方で、相続放棄は裁判官の審判を経て完了する、いわば「公的な手続き」です。
そのため、負債の債権者も含めて、誰に対しても、相続放棄した旨を主張することができます。

従って、負債も含めて全てを放棄するためには、遺産分割協議ではなく、家庭裁判所で相続放棄の手続きをする必要があります。

自己破産をすると、官報公告や公的資格制限や信用情報(いわゆるブラックリスト)への記載等のペナルティを受けます。相続放棄でも同様のペナルティを受けるのですか?

受けません。相続放棄も自己破産も、負債の返済が必要なくなる点で似ているように見えるため、同様の手続きだと誤解している方もおられます。

しかし、相続放棄と自己破産は全く別の手続きです。「相続を承認する」か「相続を放棄する」かの選択権は法律で相続人に与えられた正当な権利であり、その正当な権利を行使してもペナルティを受けることは当然ありません。

部分的に相続放棄をすることはできるのですか?

できません。相続放棄とは亡くなられた方が遺した全ての資産・負債を放棄する手続きなので、一部分だけを放棄するということはできません。

生前に相続放棄をすることはできるのですか?

できません。相続放棄とは「相続」を放棄する手続きなので、相続が発生していない段階ではすることができません。相続は、亡くなって初めて発生するものですので、生前に相続放棄をすることはできません。

弁護士や司法書士に依頼すれば、「照会書」への回答も全て代行してくれるのですか?

いいえ。照会書とは、裁判所から相続人本人に対する確認のための手紙です。照会書には「ご自身の真意で相続放棄をするのですか?」等の意思確認の質問事項も含まれているので、これに対して弁護士や司法書士などの第三者が回答するとおかしな状態になってしまいます。

なお、全て代行してもらえるとの誤解が多いためと思われますが、照会書の注意書きに「相続放棄の申述について弁護士に委任されている場合も、直接ご本人にご事情を伺っています」と明記している裁判所もあります。

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相続放棄と空き家問題

「故人名義の空き家があります。相続放棄をしても、この空き家を管理し続ける必要があるのですか?」
このようなご相談を受けることがあります。

この問題については、政府の法制審議会が検討し、下記の案が示され、この案が国会で全会一致により可決されました。

【法制審議会が示した規定】
相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は民法第952条第1項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。

この規定によれば、相続財産を保存する責任を負うのは「相続財産に属する財産を現に占有しているとき」です。

従って、故人名義の空き家を占有していないのであれば、責任を負う必要もないということになります。

なお、ネット上では、「相続放棄をしても、国に引き渡すまで、故人名義の空き家を管理し続ける必要がある」等の情報が見受けられますが、政府の法制審議会では、そのような情報は「都市伝説」扱いされています。

【法制審議会議事録より抜粋】
法制審議会の部会長である山野目章夫氏(早稲田大学大学院教授)の発言
ちまたではどういう都市伝説が流布しているかというと、「相続放棄なんかしても責任免れるということにはならないよ。国に引き取ってもらうまでは管理を続けなくてはいけません。国はなかなか引き取ってもらえないですから、君分かったか。」というふうに、何か専門家っぽい人が述べると次々それが引用されていって、何となく巷間、そういう理解が、いつの間にか通俗的通説とでもよぶことになりましょうか、一般化してしまっています

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